【イベントレポート】J-Start upを支えるインドIT人材


世界中で加速している、高度インド人材の採用。ポストコロナを見据え、グローバルな人材を獲得するために日本企業はどうしていくべきなのでしょうか。
そのヒントは、ダイバーシティやインクルージョンの推進が盛んなベンチャー企業にありそうです。

2022年2月末日、日本経済新聞主催の「日本 インド デジタル大動脈シンポジウム 強み生かし合うパートナーシップ」が開かれ、「J-Start upを支えるインドIT人材」と題したパネルディスカッションが行われました。先進的にインド人材を採用し、活躍の場を提供している企業の事例から、採用、定着のヒントを紐解きます。

<登壇者>
経済産業省新規事業創造推進室長 石井芳明 氏

株式会社マネーフォワード取締役執行役員D&I担当CTO 中出匠哉  氏

株式会社メルカリ執行役員メルカリジャパンCTO 若狭建  氏


モデレーター
Tech Japan株式会社代表取締役 西山直隆

 

グローバル展開を目指すベンチャーを支えるインド人材


西山:世界の名だたる企業は、随分前からインド高度人材を採用し、インドに開発拠点を設置してDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めてきました。日本は出遅れているのが現状です。そんな中で、先進的にインド人材を採用し、活躍の場を提供しているベンチャー企業があります。
本日は株式会社マネーフォワード取締役執行役員D&I担当CTOの中出さんと、株式会社メルカリ執行役員メルカリジャパンCTOの若狭さん、経済産業省新規事業創造推進室長の石井さんにお話を伺っていきたいと思います。まず、石井さんから経済産業省での取り組みや考えについてお教えください。

石井:岸田政権では政策の柱として、「成長と分配の好循環」の実現を目指しています。その中の成長パートを、スタートアップが担っていると考えています。経済産業省では、世界に価値を提供できるスタートアップを日本の中から創出していこうという考えから、2018年に「J-Start up」という取り組みを始めました。民間の目利き力で選定したポテンシャルある企業を、民間サポーターとともに応援していく仕組みです。
J-Start upの開始から3年。スタートアップの成長戦略の一つとして、グローバル人材を取り入れ、グローバルなマーケットに出ていくことが非常に重要になっています。中でもインドとは、特に連携を強めたいと考えています。

西山:ありがとうございます。今お話のあったJ-Start upの中で、特に成長している企業2社に本日はお越しいただきました。若狭さんから自己紹介と、インド高度人材採用の現状についてお教えください。

若狭:私はメルカリ全体の執行役員で、日本法人のCTOとして開発全体を統括しています。20年以上ソフトエンジニアリング業界におり、アップル、グーグル、ラインなど様々な企業で仕事してきました。メルカリには2年半前にジョインしています。
メルカリのミッションは、新たな価値を生み出す世界的なマーケットプレイスを作ること。創業当初からグローバル展開を見据えていました。現に、メルカリの日本法人ではエンジニアの半数以上がグローバル人材。世界中からミッションに共感し入社している方が多いです。インド出身のテック人材は、外国出身メンバーの中では最多です。活躍していますし、存在感も大きいですね。欠かすことのできない人材です。

中出:私は2015年にマネーフォワードに入社し、16年からCTOとして人材採用を担当しています。
マネーフォワードでは2018年ごろから外国籍人材の採用を、2020年からインド人エンジニアの採用を開始しました。もともとインドを狙い撃ちしていた訳ではなく、アジア全域から採用する中で自然とインドに絞り込まれた形ですね。
全社的に英語で仕事できるようにしようと決めた時、インドは英語が堪能な方が多かったため採用のアクセルを踏みました。実際に採用してみてインド人材は優秀な方が多いと感じており、さらに採用が進んでいます。

西山:ありがとうございます。ここに、インド高度人材を採用している日本企業27社にインタビューした資料があります。全体として採用の満足度は高く、86%が期待通りの活躍と回答しました。その理由としては、エンジニア系で優秀な人が多い、ハングリー精神がある、英語力がある、などが上位にきています。今後の採用枠を拡大、もしくは現状維持の方針で考えている企業は85%でした。
お二方のように全世界から採用をしている中でも、人材の質や量を鑑みて、インドは最重要の国と言えるのではないかと思います。

 

大きなミッション、ユニークなバリューが採用の鍵。根本的な認識のすり合わせが定着を促す

 

西山:ここからは実際に、採用を進める上での課題やその克服方法についてお聞きしたいと思います。大前提として、インドのトップ人材は欧米企業からも引く手数多です。欧米企業は英語が通じ、給与もいい。待っていたら日本に来てくれるという訳ではありません。そんな中、優秀なトップ人材をどう惹きつけ獲得しているのかぜひお聞かせください。

若狭:おっしゃる通り、業界に関わらず世界中で人材獲得競争が激しい状況が続いています。その中で「なぜ日本か」を打ち出していくことも大切ですが、私どもは「日本で」働くことを強調していません。
もともと日本に興味を持っていてメルカリを知り、応募していただく形もあります。しかしそれよりも、ミッションとバリューで優秀な人材に興味を持ってもらいたいと考えています。大きなミッション、ユニークなバリューを打ち出していくことを意識して採用活動に取り組んでいますね。

中出:同じ感覚です。私たちも世界中から人材を採用していますが、インド人材は英語が堪能なため様々な国に機会があり、その一つとして日本を見ていると感じます。日本が好きな方は一定数いますが、それだけでは採用できないですね。ミッションや事業の魅力が必要です。加えて、この環境で成長できそうか、外国籍であっても機会が平等に与えられるかどうかを気にされている方が多いと感じますね。国籍問わず、平等にやっていく姿勢を示すことが重要だと考えています。

西山:確かに、人材を獲得することもそうですが、採用後、いかに活躍してもらえる環境を用意できるかも大事になってきますよね。
もう一つ資料をお見せすると、インド高度人材を採用している日本企業の75%が、納得感のあるフィードバックや評価ができていると考えています。しかし実際に働くインド高度人材にアンケートをとると、53%がフィードバックや評価が曖昧だと回答したのです。フィードバックや評価に納得感のない方は、給与に対しての満足感が36%しかありませんでした。

ちなみに、企業側は評価指標として「個人の成長」を70%程度評価していましたが、インド高度人材は「個人の成長」に関しては25%程度しか評価されていないと感じています。ここに大きなギャップがあると感じます。お二人は、採用者とのコミュニケーションや人材の定着の観点で、何か心がけていることはありますか。

若狭:評価やフィードバックが曖昧であるというコメントは社内でもよく聞いていました。今も課題として残っています。私どもの場合は、マネージャーの力量に依存し、頼ってきたところが反省点でした。これを改善するために、ジョブグレードを定義して明文化しました。特にエンジニアに関しては、具体的なエンジニアリングの内容についても記述することで、マネージャーによって認識がずれないように取り組んでいます。仕組み化ですね。これに加えて、文化的なバックグラウンドが違って、コミュニケーションのプロトコルが合わないこともありました。異文化コミュニケーションについての知識を高める研修を実施したり、グローバル人材のマネージャーへの登用を増やすなどして対応しているところです。

西山:相手に変わることを求めるのではなく、日本側が変わるチャンスだと捉えているのが印象的ですね。中出さんはいかがですか?

中出:今のお話に加えて、ベースとなる考え方の違いを理解することが大切だと考えています。例えば、インドの方と日本の方では、仕事をする上でのスピードや質に対する考え方に違いがあります。インドの方からすると、日本人は慎重で仕事の質が高いけれど、スピードは遅いと感じるようです。日本に合わせようとすると、彼ら、彼女らが個人の力が発揮しにくくなってしまうのです。
また、日本人は組織の中で役割が曖昧であっても、間に落ちるボールを率先して取りに行くようなところがあります。しかしインドの方は、ミッションややるべきことがはっきりしていることに慣れている。自分のすべきこと以外は、やるべきではないとすら思っている場合があります。ボールを拾いに行かないから評価されにくい場合も出てきてしまいます。
お互いのベースになっている考え方を合わせると、認識の差異が縮まっていくのではないかと思います。

西山:ありがとうございます。私たちは実際に、両社で働くインド人材の方々にもインタビューさせていただいています。印象的だったのが、キャリアアップのために給料を上げることだけでなく、そこでいかに成長できるかが重要な観点になっていることでした。例えばメルカリで活躍している方は、「メルカリは常に成長している組織で、入社した3年前と今とではかなり違う。変化に適応していかなければならない環境の中で施策を作っていくことにチャレンジのしがいを感じている」と話していました。マネーフォワードで活躍されている方も、「最先端の環境で働けることにモチベーションを感じている」とおっしゃっていましたね。

 

日本とインド、違うからこそ補完しあえる関係性を

 

西山:あっと言う間にお時間がきてしまいました。最後に一言ずつ、グローバルな採用や連携について、これから取り組むことや方向性について教えてください。

石井:今のお話の中で、人材獲得のためにミッション、バリューを明確にする必要があるという言葉が出てきました。我々も、サポートをする上でのエコシステムのミッション、バリューを明確にしていかなければならないと思っています。本日の事例を参考にしながらしっかりサポート体制を整えていきたいですね。2022年は「スタートアップ創出元年」と位置付けています。5カ年計画を作り、グローバル人材獲得ができる制度を強化し、整えていきます。

若狭:今後は「成長できる環境」がキーワードになると思っています。人材を獲得していく上でも、組織に入ったあと活躍していただくためにも重要です。我々スタートアップの有利なところは、どんどん変わって成長していくところ、事業の成長が個人の成長とリンクさせやすいところ。それらを生かし進んでいきたいです。
ますますJ-Start upが盛り上がり、より多くの価値を提供できるようになるといいなと感じています。政府のお力添えも得ながら頑張っていきたいですね。

中出:グローバル人材と働く上では、日本の型にはめようとせず、能力や個性を精一杯発揮できるような環境を作って、サポートすることが大切だと考えています。その環境をつくり、魅力的な職場にして、たくさんのグローバル人材と会社を大きくしていきたいです。

西山:ありがとうございました。今回はスタートアップに絞った内容でしたが、大企業や中小企業ともインド人材の活用で連携の可能性があります。今やらないと、列車がいってしまって乗り遅れる。そんな危機感を持って取り組むべきだと考えています。

多国籍の人が集まる国際会議において、もっとも難しいことが2つあると言われます。一つは日本人から発言させること。もう一つはインドの方の話を終わらせることだと言うのです。日本とインドの人々は、それほど両極端に違うのかもしれません。しかしだからこそ、ダイバーシティの観点から相互補完し合える関係が築けるのではないかと考えています。